「エレファント」  2003年  アメリカ

監督;ガス・ヴァン・サント
出演;ジョン・ロビンソン, アレックス・フロスト, エリック・デューレン
2008年12月21日  DVD  自宅ごろ寝シアター

dvd 1999年4月に起きた、コロライド州コロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフとしている。高校生たちの日常を追いながら、事件発生までを描く。2003年カンヌ映画祭で、史上初のパルムドール・監督賞を同時受賞。
『エレファント』というタイトルがテーマと大きく関わっている。このタイトルは、慣用句「Elephant in the room」、中国の故事「群盲象を評す」に由来する。つまり、事件について、銃規制が甘いとか、いじめとか、いろいろ論じられているけれど、部分的に論じても、事件の全ては分からない、大きな問題を見ないふりしているだけだとを言いたいらしい。
構成が、キューブリック『現金に手を出すな』に似ている。犯人を含めた複数の高校生に焦点を当て、事件が起きるまでのそれぞれの日常を追っていく。そして、ある高校生が写真を撮る、銃を持った少年が学校へ入っていく、という同じカットを何度か入れることで、それぞれの高校生たちの時間が重なり合う。高校生たちの学校生活の細部を淡々と立体的に積み上げることで、事件の全体を繊細に描いていく。
カメラワークが特徴的。高校生たちの後ろにカメラを構え、時には追い越して正面から捉えながら、彼らが学校の廊下を歩き回り、友だちと挨拶し、おしゃべりする姿を、ひたすら長回しで追いかけていく。それは、自分もその場にいるような感覚をもたらす。スポーツができるモテ男子、体育の時間に短パンを履けず、ダッサーイと言われる冴えない女子、ダイエットの話で盛り上がるギャルたち、授業中ゴミを投げつけれらたり、突然感傷的になってしまう子…。どうってことのない日常風景のなかに、学校という閉鎖的社会の、ヒリヒリとした空気を感じさせ、かつて私のなかにもあった感覚−排除されることを恐がり、他人の視線を気にして劣等感を持ったかと思えば、どうでも良いことで馬鹿げた優越感を持ったり、些細な事に神経をすり減らして、疲れ果てていたあの頃の理屈ではない感覚−までもが呼び覚まされてしまう。監督は、事件の背景や要因について、言葉で説明できるような結論は出していない。ただ言えるのは、犯人も、被害者たちも、そんなに変わらないということである。親しい数人の狭いコミュニティを除けば、他人への関心が希薄で、傷つけることに抵抗がない。それが、暴走するのは、大人が考えるより、案外、簡単なきっかけなのかもしれない。
『シティ・オブ・ゴッド』を見た後だからかもしれないが、凄惨な事件なのに、なんて叙情的なんだろうと思った。結果を見せないラストは複雑な感情を残していく。決して許されることではないが、こういう行動でしか、自分たちの苦しみを訴えることができなかった愚かな彼らに、胸が痛む。

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「シティ・オブ・ゴッド」  2002年  ブラジル

監督;フェルナンド・メイレレス
出演;アレクサンドル・ロドリゲス,レアンドロ・フィルミノ・ダ・オラ ,セウ・ジョルジ
2008年12月13日  DVD  自宅ごろ寝シアター

dvd 1960年代ブラジル、リオデジャネイロ。"シティ・オブ・ゴッド(神の町)"と呼ばれる貧民街の少年たち。強盗、殺人は日常茶飯事。カメラマンを夢見るブスカぺを通して、80年代までの少年ギャングの成長と、ドラックをめぐる血で血を洗う抗争が描かれる。
後にも先にもないバイオレンス映画。一見、社会派映画には見えないけど、社会派であり問題作。
現実に凄惨な暴力事件はいくらも起きていると思うが、バイオレンス映画は現実からは距離を置いてきた。強引な分け方だけど、タランティーノのような娯楽作か、あるいはサム・ペキンパー『わらの犬』、マーティン・スコセッシ『タクシードライバー』などのように、人間の暴力性、暴力の本質を考えさせるような作品である。
しかし、本作は実話である。年端もいかない子供がたやすく銃を手に入れる。邪魔なヤツは殺せば済むということを覚えるのに時間はかからない。子供がヤクを売り、強盗し、シマを荒らした荒らさないのと抗争を繰り広げ、大人も子供も躊躇なく撃ち殺す。殺しが殺しを連鎖的に生みだし、暴力が果てしなく続く社会。ここでは、成人することが奇跡だと思う。
こんな悲惨な現実にも関わらず、タランティーノばりのスピーディでクールなカット割りを多用し、小気味良いノリで展開することに戸惑ってしまう。導入部から見事だ。眩しい光。サンバのリズム。捌かれそうになった鶏が逃げ、子どもたちが追いかける。カメラは子どもたちの視点で、低めに、町の路地を縫うように動いていき、子供たちは鶏を捕まえようと、次々と銃を抜く…。人間も鶏のように殺される町、シティ・オブ・ゴッドへ観客を誘っていく。娯楽映画的な演出と殺しの軽さに、これは「ギャング映画」だと思い込みたくなるが、エンドクレジットで実話であることを証明するカットと映像が入り、観客を現実に引き戻す。そして、シティ・オブ・ゴッドでは、人を殺すことなんて「ギャング映画」と変わらない程度の軽いノリであり、それが現実だということにショックを受ける。完成度が高い映画だと思うが、正直、どう評価していいか分からない。
子役の演技が半端ない。スラム街でオーディションを行ったという。リトル・ダイス(後の悪の元締め)が、大人を撃つ時の目や笑い方が、マジ狂ってる。エキストラでも、銃を向けられた子供の怯えた表情には目をそむけたくなるし、「銃を撃ったから大人だ」とか「ヤクの方が儲かるよ」とか、そんな台詞も日常会話のように自然に出てくる。演技が巧いというより、恐い。
この町で"悪"に関わらない方が難しいし、少しでも関われば、抜け出すことはできなくなる。町を出ようした者はみんな殺された。そんななかで、この荒んだ町を踏み台にして、カメラマンの道を歩み始めたブスカぺが唯一の救いだったかな。

おまけ
映画にあまり関係ないけど、ブラジルの希望が見えるニュースを見つけた。
ブラジルは、世界的に見ても貧富の格差が大きい国である。シティ・オブ・ゴッドの舞台となった80年代、貧富の格差はアフリカに近い水準であったと言う。しかし、90年代以降、政府は貧困層向けの減税、政府系金融による貸付け、現金給付などの貧困層対策を積極的に行った。さらに、2000年代にはBRICsと称され、目覚ましい経済成長を遂げている国の一つとなった。その結果、貧富の格差は改善し、貧困層の割合は02年30%から、09年には19%へ激減した。シティ・オブ・ゴッドの荒んだ現実がそう簡単に解消されるとは思わないが、経済成長の果実が少しでも多く貧困層に行き渡り、ブスカぺのようにこうした掃きだめから抜け出せる若者が増えるといいなと思う。
参考:「格差を縮めたブラジルのチカラ」(日本版ニューズウィーク,2009年10月15日)

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