Home > 4月, 2017

1月の映画鑑賞メモ

五十肩を理由に家事をさぼっても、スキーはさぼらなかったshimiです、久しぶりっ!。

片淵須直『この世界の片隅に』,2016年,日本,TOHOシネマ

原作はマンガ、こうの史代『この世界の片隅に』(アクションコミック、2008年)。戦争と隣り合わせの日常を当時の人々の視点で描く。絵も美しい、主人公の声をあてたのんちゃんも良い。原作を知らずに、この映画を見たら良いと思ったかもしれない。
だがしかし。原作を愛読してきた私には残念だった。原作は、主人公すずさんの目から見た戦時下呉市の日常であると同時に、すずさんの恋愛物語でもあるのだけど、恋愛部分が大胆に削除されていたから。女性が受動的だった時代。元々おっとりした性格で、親の言われるままに、見ず知らずの青年に嫁いじゃったすずさん。そういう環境にあっても、すずさんなりに、ぼんやりとした恋心を発見して戸惑ったり、ひとり心にしまっておくしかなくても、旦那さんのなかにいる別の女性に思いを馳せたり、嫉妬したり、夫婦関係に疑問を持ったり。流される生き方しかできないすずさんにも、その流れを小っちゃくかき乱すように、ちくっと芽生えてくる恋の悲しみが切ない。例え戦争中でも、男尊女卑でも、若い男女に恋心がないわけがない。原作では、すずさんを通して、この時代の女性の恋心ってこうだったんだろうなぁとリアルに感じさせる。
この映画は戦時下の日常生活、呉や広島の街並み、空襲や機銃掃射のシーンなんかをリアルに表現したってところが高く評価されているけれど、私が思うに、史実として分かっている事を映画やマンガでリアルに表現するのは当たり前。そうではなくて、この時代の若い女性がどんな恋心を持っていったかなんて、だれも想像もしないしできない、資料も証言もないかもしれない、でも、この漫画はそこを、リアリティを感じさせつつ、しかも叙情的に描いている。私が原作で魅力に感じていたところが、映画では抜けちゃってて、何だかなーな気持ちになってしまったよ。


フランク・ペリー『泳ぐ人』1968年,アメリカ,DVD

バート・ランカスター主演。ネディは友人の家のプールを泳ぎ継いで、自宅へ帰ることを思いつく。
ネディ(バート・ランカスター)が次々と他人の家のプールを海パン一丁で泳いでいくだけなんだけど、途中ではっと気が付く…。この男は人生を泳いでいる、私たちは傲慢なバカ男の転落人生を見せられているんだと。一番最初のプールでは、ネッドは夏の日差しを浴びて、大勢の友人たちにヒューヒューされながら颯爽と泳ぎだす。しかし、プールを移動するごとに、プールの持ち主が語る彼の人物像はだんだん怪しくなっていき、季節も恐ろしいスピードで移ろって、いつの間にか厚い雲が太陽を隠し、彼は寒さに震えて屈辱と失望のなかをヨレヨレになって泳いでいる。彼の栄華は幻で、現実は厳しく、終いには彼自身も幻なのか?と思えてくる…。(主人公は自分のことを何ひとつ語らず、彼に関わった人の語りによって人物像が暴かれ、最後は実は孤独だった…という流れは『市民ケーン』を思い起こさせる。
こんな単純な比喩で、一人の人間の人生をここまで見せきった映画って他に見たことない。カット割りとか荒削りなところもあるし、日本ではほとんど知られていないが、名作といっていいと思う。ヒット作にたくさん出演しているバート・ランカスターが、自身の出演作ではこれが一番気に入っているというのも、分かるような気がするなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョン・フォード『リバティ・バランスを射った男』,1962年,アメリカ

西部劇の傑作。完璧。物語が面白い、俳優が良い、カットに無駄がない、タイトルも良いっ。強くて、粗野だけど、実は優しい男ジョン・ウェイン、インテリジェントで正義まっしぐら、信念を曲げないジェームズ・スチュアート。二人の間には美女がいて、村人達にやりたい放題の極悪人リー・マーヴィン。なーんだ、よくある西部劇じゃんと思うなかれ。西部劇の神様ジョン・フォードは決闘だけじゃないから。正義と民主主義を問いかけ、西部開拓の終わりを一抹の寂しさを含ませて描きつつ、しっかり恋の行方にも気をもませ、登場人物それぞれの人生の機微までそっと差し出してくる。人間ドラマとしても素晴らしいんです。
特にジョン・ウェインについては、直接は優しいところなんて何一つ描写していないけど、セリフの裏側やシーンの間から彼の優しさや切なさを観客に想像させ、じわっとさせれてしまう。種明かしのワンカットにはシビれたよ。