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1月の映画鑑賞メモ

五十肩を理由に家事をさぼっても、スキーはさぼらなかったshimiです、久しぶりっ!。

片淵須直『この世界の片隅に』,2016年,日本,TOHOシネマ

原作はマンガ、こうの史代『この世界の片隅に』(アクションコミック、2008年)。戦争と隣り合わせの日常を当時の人々の視点で描く。絵も美しい、主人公の声をあてたのんちゃんも良い。原作を知らずに、この映画を見たら良いと思ったかもしれない。
だがしかし。原作を愛読してきた私には残念だった。原作は、主人公すずさんの目から見た戦時下呉市の日常であると同時に、すずさんの恋愛物語でもあるのだけど、恋愛部分が大胆に削除されていたから。女性が受動的だった時代。元々おっとりした性格で、親の言われるままに、見ず知らずの青年に嫁いじゃったすずさん。そういう環境にあっても、すずさんなりに、ぼんやりとした恋心を発見して戸惑ったり、ひとり心にしまっておくしかなくても、旦那さんのなかにいる別の女性に思いを馳せたり、嫉妬したり、夫婦関係に疑問を持ったり。流される生き方しかできないすずさんにも、その流れを小っちゃくかき乱すように、ちくっと芽生えてくる恋の悲しみが切ない。例え戦争中でも、男尊女卑でも、若い男女に恋心がないわけがない。原作では、すずさんを通して、この時代の女性の恋心ってこうだったんだろうなぁとリアルに感じさせる。
この映画は戦時下の日常生活、呉や広島の街並み、空襲や機銃掃射のシーンなんかをリアルに表現したってところが高く評価されているけれど、私が思うに、史実として分かっている事を映画やマンガでリアルに表現するのは当たり前。そうではなくて、この時代の若い女性がどんな恋心を持っていったかなんて、だれも想像もしないしできない、資料も証言もないかもしれない、でも、この漫画はそこを、リアリティを感じさせつつ、しかも叙情的に描いている。私が原作で魅力に感じていたところが、映画では抜けちゃってて、何だかなーな気持ちになってしまったよ。


フランク・ペリー『泳ぐ人』1968年,アメリカ,DVD

バート・ランカスター主演。ネディは友人の家のプールを泳ぎ継いで、自宅へ帰ることを思いつく。
ネディ(バート・ランカスター)が次々と他人の家のプールを海パン一丁で泳いでいくだけなんだけど、途中ではっと気が付く…。この男は人生を泳いでいる、私たちは傲慢なバカ男の転落人生を見せられているんだと。一番最初のプールでは、ネッドは夏の日差しを浴びて、大勢の友人たちにヒューヒューされながら颯爽と泳ぎだす。しかし、プールを移動するごとに、プールの持ち主が語る彼の人物像はだんだん怪しくなっていき、季節も恐ろしいスピードで移ろって、いつの間にか厚い雲が太陽を隠し、彼は寒さに震えて屈辱と失望のなかをヨレヨレになって泳いでいる。彼の栄華は幻で、現実は厳しく、終いには彼自身も幻なのか?と思えてくる…。(主人公は自分のことを何ひとつ語らず、彼に関わった人の語りによって人物像が暴かれ、最後は実は孤独だった…という流れは『市民ケーン』を思い起こさせる。
こんな単純な比喩で、一人の人間の人生をここまで見せきった映画って他に見たことない。カット割りとか荒削りなところもあるし、日本ではほとんど知られていないが、名作といっていいと思う。ヒット作にたくさん出演しているバート・ランカスターが、自身の出演作ではこれが一番気に入っているというのも、分かるような気がするなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョン・フォード『リバティ・バランスを射った男』,1962年,アメリカ

西部劇の傑作。完璧。物語が面白い、俳優が良い、カットに無駄がない、タイトルも良いっ。強くて、粗野だけど、実は優しい男ジョン・ウェイン、インテリジェントで正義まっしぐら、信念を曲げないジェームズ・スチュアート。二人の間には美女がいて、村人達にやりたい放題の極悪人リー・マーヴィン。なーんだ、よくある西部劇じゃんと思うなかれ。西部劇の神様ジョン・フォードは決闘だけじゃないから。正義と民主主義を問いかけ、西部開拓の終わりを一抹の寂しさを含ませて描きつつ、しっかり恋の行方にも気をもませ、登場人物それぞれの人生の機微までそっと差し出してくる。人間ドラマとしても素晴らしいんです。
特にジョン・ウェインについては、直接は優しいところなんて何一つ描写していないけど、セリフの裏側やシーンの間から彼の優しさや切なさを観客に想像させ、じわっとさせれてしまう。種明かしのワンカットにはシビれたよ。

バベットに捧げるクグロフ型サヴァラン

48才の誕生日とともに五十肩に襲来され、右手が上がらなくなってしまったshimiです、こんにちは!。

さて、本日は映画に出てきた気になるお菓子を作ってみようシリーズ、第4弾
といっても、2年半ぶりの企画復活に、みなさん「何だそれ?」状態になっていると思いますので、参考までに第1弾~第3弾はこちら。
第1弾 ランダ大佐に捧げるシュトゥルーデル(2014.5.20)
第2弾 パッツィーに捧げるシャルロット・リュス(2014.6.22)
第3弾 コニー姉さんに捧げるカンノーリ(2014.6.29)
そして第4弾は、『バベットの晩餐会』(ガブリエル・アクセル監督,1989年)に登場する晩餐会のデザート。

 晩餐会メニューにチャレンジ

←きっかけは、昨年末にパン教室で作ったクグロフ。
クグロフは、フランスアルザス地方の伝統菓子で、かのマリー・アントワネットもクグロフ好きだったらしく、伝説的お言葉「パンがないなら、お菓子をお食べっ!」の「お菓子」は、クグロフだとか、ブリオッシュだとか諸説あるくらい。
卵、牛乳、バター、砂糖たっぷりのブリオッシュパンの生地に、洋酒漬けドライフルーツ、ナッツなどを混ぜて、イーストで発酵させ、このジャバラをひねったような独特な形の型で焼いたお菓子。ほんのり甘くて、バターの香りいっぱいで、ふわっととろけるような食感がたまらない~
で、このクグロフを焼いた時、そういえば『バベットの晩餐会』に、こんなお菓子が出てきたような…と、もやもや~な感じがしたので、映画を確認したところ…やっぱり出てました!、クグロフらしきお菓子が!。
ということで、せっかくクグロフも覚えたことだし、晩餐会メニューにチャレンジ!

 それはクグロフ型のサヴァラン

映画の舞台は19世紀後半、デンマークの寒村。信仰厚く禁欲的な生活を送っている老姉妹は、家族も財産も失ってフランスから亡命してきた家政婦バベットを受け入れる。時は流れ、姉妹が亡き父を偲ぶささやかな晩餐会を企画すると、バベットは姉妹のために全財産と持てる技術を出し切って、晩餐会の料理を準備する。そのメニューは次の通り。デザートはクグロフ型サヴァラン、ラム酒風味!

ウミガメのコンソメスープ
ブリニのデミドフ風(キャビアとサワークリームの載ったパンケーキ)
ウズラとフォアグラのパイ詰め石棺風 黒トリュフのソース
季節の野菜サラダ
チーズの盛り合わせ
クグロフ型のサヴァラン ラム酒風味
フルーツの盛り合わせ
コーヒー
ディジェスティフ フィーヌ・シャンパーニュ(コニャック)

上の画像は、良い仕事をして満足しているバベット。下の画像が、バベット作クグロフ型サヴァラン。

サヴァランは、ブリオッシュに洋酒シロップを染みこませ、クリームやフルーツを添えたお菓子のこと。映画では、バベットがクグロフに茶色っぽい液体をだばーっと、かけるシーンがあるので、確かにこれはラム酒のサヴァランっぽい。
調べると、サヴァランは18世紀初頭、ポーランドの貴族が考案して1840年頃にパリにも広まったとのこと。バベットがパリからデンマークに亡命したのが1870年代だから、食の最先端のパリでも、まだ比較的新しいお菓子だったんですねぇ。ましてやデンマークの寒村の村人には、見たことも聞いたこともない、もしかしたら一生出会わなくてもおかしくないお菓子だったんじゃないかと思います。

 クグロフ型サヴァランをつくって、食べてみよう

←こちらがshimi作
クグロフ型サヴァラン

さっそくプレーンなクグロフを焼き、バベットになりきって、どや顔でラム酒シロップをだばーっとかけた瞬間、はたと気付いた。これだけの大きさだと、シロップが中までシミシミにならないんじゃね?。パンに染みこまずに下にたまってしまったシロップをあわてて回収し、クグロフの底や目立たないところに竹串で小さな穴をかけてから、もう一度シロップをかけてみたが…。
予感的中。数時間後、切ってみると、しっとりしてるのは表面だけ。中はパサパサ状態なのであった…。仕方ないので、カットしたものに、再びシロップをたっぷりと回しかけて、やっとシミシミ状態に。
シロップは甘さ抑えめ、ラム酒多め。飾りは、使い道がなく放置されていたブラックチェリーの缶詰、3年くらい前につくって冷蔵庫の隅で眠っていた杏のシロップ煮、クリスマスのフルーツケーキを作った時に大量に余ってしまったアンゼリカという残り物ばかりだけど、それっぽくなった。バベット作のものはバタークリームっぽいけど、私は生クリームで。

クグロフさえちゃんと焼けていれば、不味くなりようがない組み合わせだもの、美味しいに決まってる!と確信はあったのですが。甘いラム酒がじゅわじゅわーとしみ出てくるしっとりパンと、クリームがお口で一体になってとけあって、予想を超えた美味しさ!。う~ん、幸せ~
映画の老姉妹は感動のあまり、バベットに「あなたの料理は天使もうっとりさせる」と言いますが、せいぜい干し魚とか、固いパンを食べていた人々にとっては、これはこの世のものとは思えない美味しさだったんじゃないでしょうかねぇ。。。ほんのちょっとだけ、バベットの晩餐会に出席した人たちの至福感を味わえたかな。

サヴァランは、クグロフを焼かなくてもブリオッシュを買ってくれば簡単にできるので、ぜひお試しを~。ちょっとオサレなパン屋さんには、ブリオッシュが大抵あると思います。シロップを染みこませる時は、ブリオッシュであればクリームを挟むところに切り込みをいれるとか、クグロフのようなちょっと大きなもので作る場合は、底から1-2センチくらいのところを横にスライスするとか、どこかに切り口をつくって、そこにラム酒シロップをかけるとシロップが染みこみやすいかも…(反省点)。

 おまけ 『バベットの晩餐会』の予告

11~12月の映画鑑賞メモ

あけましておめでとうございます。(遅っ)
1月2日、三日月と金星ツーショットこちら。新年早々綺麗な夜空でした。


昨年はいろいろとあってHPがなかなか更新できませんでしたが、今年はもうちょっとマメに更新したいと思います-(毎年同じ事書いているような)。よろしくお願いしますー。

新年1発目は、昨年の片付いてなかった記事から!。11-12月に見た映画。

クリント・イーストウッド『荒野のストレンジャー』1973年,アメリカ,映画会
いわくありげな小さな町によそ者(イーストウッド)が立ち寄った。腕を見込まれ、町の人々に、もうすぐ町に復讐にやってくる無法者から町を守って欲しいと頼まれるが…。
『真昼の決闘』裏バージョン。「流れ者」が何かを巻き起こすという西部劇ではありがちな設定だが、やりたい放題のダークヒーロー、ミステリアスな展開、ファンタジー要素のオチ…と後にも先にもない西部劇を作ってしまった。主人公の正義がはたして正義なのか、腑に落ちないところはイーストッドらしいところ。フラリと現れ、町をめちゃくちゃにしていく主人公ストレンジャーは、ハリウッド西部劇の枠をぶち壊すストレンジャーでもあった。

 

 

 

 

 

 

阪本順治『顔』,2000年,日本,DVD
少し前に見た同監督の『団地』が面白かったので、代表作を鑑賞。『団地』と同じ藤山直美主演。引きこもり、妄想のなかで生きてる三十路女が逃亡せぜるを得なくなる。仕方なしにでも一歩現実世界へ出れば、悪い奴と同じくらい良い人もいて、傷つくことと同じくらい幸せなこともあって、無表情だった彼女が、いろんな顔を持ちはじめる。何もしない人生より、不器用でも、ダサくてカッコ悪くても、必死で逃げるだけの人生の方がよほど輝いている
藤山直美あっての映画。彼女は別人になるというよりは、あくまで「正子」のままで流れるように変わっていく。この変貌ぶりは見事。岸部一徳、大楠道代、豊川悦治など、脇を固める俳優も◎。


 

 

 

 

 


ポール・トーマス・アンダーソン『ザ・マスター』2013年,アメリカ,DVD
心が壊れちゃってる元兵士フレディが、新興宗教の「マスター」ドッドに出会う。
ハッキリとは描かれてないけど、「マスター」はフレディに対して、多分、救いの対象という以上の感情(恋愛感情?)を持っていた。でなきゃ、暴力的で危険な彼を側に置いておく理由はないから。でも、マスターは、教祖と信者という主従関係でしかフレディと関わることができなかった、そこがトッドの不幸。一方で、迷える魂フレディは「マスター」が絶対信頼できる拠り所のように見えたけど、でも、そんなものは嘘っぱちと分かった時にはじめて心が解放され、安らぎを得る。二人の蜜月と瓦解、皮肉な人間関係が、濃縮果汁のようなシビれる濃さで展開する。
監督はきっちりとした脚本を用意したわけではなくて、役者のアドリブで即興的に演出したとのこと。その意味では、フィリップ・シーモア・ホフマン(マスター)とホアキン・フェニックス(フレディ)という、二大怪優の狂気を見る映画でもある。
この監督は、最近の私の一押し!。この映画はちょっと難解だけどね。


トビー・フーパー『悪魔のいけにえ』1974年,アメリカ,Blu-ray
若者5人が乗ったワゴン車がガス欠に。近隣では不気味な墓荒らし事件が続いていた…。R15指定
殺人鬼系ホラーの金字塔。その後のホラーに引き継がれていくような演出がいくつも見いだせる。40年前の映画ですが、決して古くないです。今見ても、次カットでくるぞくるぞ…と分かっているのに、ひええええっー!とビビりまくり。
惨殺の直接描写はホラー映画では少ないと思う。だけど、殺人鬼の強烈な容貌、異常なキャラクター、度肝を抜くような展開、人骨や皮で作った家具やインテリア、散らばった骨などの懲りまくった小道具、もうワンシーン、ワンシーンが一生記憶に残りそうなインパクト。でも、恐さも盛りすぎるとコメディになるのね。ミイラがお姉さんの指をちゅぱーっと吸った時は、それはやりすぎだろと笑いそうになっちゃったよ。
この殺人鬼は実在の犯罪者、エド・ゲインがモデル。彼は映画に一番影響を及ぼした犯罪者。彼をモデルにした映画は、この他にも『サイコ』、『羊たちの沈黙』など。いずれも映画史に名を残す名作。

 

 

 

 

 

 

ブライアン・デ・パルマ『ボディ・ダブル』,1984年,アメリカ,DVD
売れない俳優ジェイクが、友人から借りた家の窓から見たものは!。
ヒッチコック大先生の『裏窓』と『めまい』を足して、デパルマのB級映画センスで演出した映画。ヒッチコックの焼き直しってことで世間の評価は高くないが、私、デ・パルマのB級感が好物でして。冒頭から素晴らしいB級感(笑)!。
デ・パルマ先生は、多分、こんな風に考えてこの映画を作ったんじゃないかと思うんです。裏窓から望遠鏡で覗くなら、しみったれた生活じゃなくて、やっぱエロだよね~。そのムンムンなフェロモン美女を追跡するわけだから、追跡にも変態っぽさがほしいよな~、女の脱ぎ捨てたパンツを拾っちゃうとかさ。マクガフィンとか、殺されてるかどうか分からないとか、中途半端なのはダメダメ。そこは派手に演出しなきゃ。怪しい仮面を被った殺人犯が、ドリル持って、フェロモン美女を追いかけ回すなんてどぉ?。ぜんぶ私の妄想ですが…。これはイギリス紳士のヒッチコック大先生には決して作れないと思うの。元ネタはヒッチコックでも、まったく別の面白さがあると思うんだけどなぁ。


 

 

 

 

 


ブライアン・デ・パルマ『レイジング・ケイン』,1992年,アメリカ,DVD
児童心理学者のカーターは我が子だけでなく、他の子も研究材料としようとしていた。双子の兄弟ケインが現れ、彼らの周辺では不可解な事件がおきはじめる。
90年代でも多重人格ネタはちょっと古くさかったんじゃないかなぁ。物語や設定がやや強引なところもあるし。だがしかし…そこは技巧派職人のデ・パルマ先生。ビジュアルとカット割りで緊張感や不穏な空気を作り出し、目が離せないサスペンスになっちゃってる。やっぱり凄い監督だなと思う。得意の長回し、カメラ360度くるくる回転、スローモーション、ベビーモニターでの演出、夢オチの繰り返し等々。ラストシーンなんて、超複雑なピタゴラスイッチ装置のような連鎖で、1階~3階で起きている数秒間の出来事を同時に進行させるという凄技を繰り出し、ストーリーそっちのけで見入っちゃうもの。
もうひとつ、この映画を面白くしているのは、主演ジョン・リスゴー。いくつもの人格、父親まで演じるという難しい役どころ。この人、体格良いけど、女装が似合うんだよねぇ。